チェーホフ『子どもたち・曠野 他十篇』読む。人や物に対するある感情や記憶が時間や空間を越えていくことを(今ここ、に限ることなく存在し得ることを)、確かだ(確かに起こることだ)と、登場人物たちが感じる際の描写がすばらしいし、そういうことを信じたくなる。つまり、感情の揺れ動きのリアリティ。情景描写の繊細さ、緻密さがきっかけとなっている感じがする。「ヴェローチカ」の一瞬の出来事に心動かされる。
にしても東京マラソンってなんなんだ。徳光和夫ってなんだ…。去年もテレビでこんな感じに中継してたっけ?バラエティー番組でなんかやってたのは知ってるけど。行列とかで?
平山夢明ミサイルマン』について。「或る彼岸の接近」なんて主たるストーリーがなく不穏さと不快さと不気味さを醸し出すそれぞれのエピソード(と人物描写と言葉)でしか成り立っていない(『独白するユニバーサル横メルカトル』の短編は、一つの魅力的な設定が小説の芯となっている感じがした)。「ミサイルマン」も、そんな感じだろう。その奇形ぶり、不安定さ、歪さにただただびびる。
あと、思わせぶりな、というか、ばりSFな感じ、というのが強いように思う。その短編で完結せず、大きな背景世界の存在を読者に感じさせつつ終わる、というか。
「枷」は、エピソード、設定、人物描写、オチのつけ方(でも…)、のバランスが良かった。
樋口毅宏『さらば雑司ヶ谷』を買おうとしたけど売ってなかった。