金井美恵子『恋愛太平記1』を読み終えた。
《五月が被っていた緑色の毛糸編みのキャップの折りたたんである端の部分を伸して、電気スタンドの傘に被せ、アクセサリーの入っている箱を持ってきて、星形のガラスをはめ込んだブローチや、花結びにしたリボンをとめつけ、スタンドの台の部分にアルミホイルを飾り、スタンドの豆ランプを入れると、急ごしらえのツリーはいかにもそれらしく見え、五月は大喜びしたし、弓子は、あんたって見かけによらず妙な才能があるのねえ、と感心した。》p329
《本堂へ通じる廊下のはずれを曲った北側にある婦人用サンダルが三足置いてあり、それにはき替えるとタイツとソックスを重ねてはいた足の裏がひやっとする程冷えきっていて、何年か前に水洗式に変えて床もタイル張りになっているのに木で出来ている天井や扉やザラザラした砂入りの壁土に滲みついている便所の匂いが冷気と混じりあい、タイルの床を木製のサンダルで歩くと、乾いた音が頭に響いて、父親が死んだのは二年前だったし、その時はそんなに涙を流したというわけでもなかったのだが、ふいに鼻の奥がツンと熱くなって、涙があふれ、(…)/あんまり寒くてお腹が冷えてトイレに立った美由起が、あたしもここにいることにしちゃう、と言って部屋に入って来て、ストーヴの前に立って手をかざし、溜息を吐いてから、子供って、やっぱり可愛い? と雅江に、いささか思いつめた態の、しかしぼんやりした表情で言ってから、あたしも作ってみようかな、と、ポツリとぶっきら棒な調子で付け加えたので、雅江は、ふうん、と曖昧に答え、美由起が驚いたように、まあちゃん泣いてたのか、と言った。》p335-336
《(…)とはいえ、そう頻繁にかけるわけではないにしても、自分にとって特別な人物の電話番号を、ふいに忘れるというか、曖昧にしか覚えていないというのはどういうことなのだろうか、と思った。》p343
《外に出ると、強い風が吹いていて、今までいた建物のなかが、消毒薬や薬品やこもった手洗所の臭気と混じって煮魚や煮えすぎていやなコゲ臭いみそ汁の匂いが強く漂っていたことに、なおさら気がつくような気がして、朝子は新鮮な冷たい空気を深く吸った。》p357
失敗の細部、片付け、母親の何でもとっとくくせ、関係のごちゃごちゃした親戚、買い物、手作りのもの(母親が作り送りつけてきたものや、子供の頃作ったもの)、食べ物。
甘美なものとしての、また憂鬱なものとしての、粘膜的な感覚(眠気とか)。
旅愁』のあらすじは、すごい。