M・ナイト・シャマラン『ヴィレッジ』をDVDで見た。
年長者、と呼ばれるものたちの会合のシーンがあり、そこで語られている内容や、語っている人々の様子から、彼らが、まともな感じに思える。そして、19世紀後半〜20世紀前半が舞台になっていること、村がかなり閉鎖的な空間にあることから、そこにいる人々が、森に住む異形のものや掟に怯える姿は、ある種自然に思える(前近代という感じで、理解できなくもない)。ってな感じで、年長者達も、怯える村人も、なんというか、こんな感じの世界観のもとでは至極当然のもののように思え、シャマランのあの感じの一つの要因は、現代が舞台になっているとこにあるのか、と思ったりもしたけど、ラストで、実はまともそう(前近代にふさわしく前近代な考えを持つ)と思えた年長者達が、実は、シャマラン的人物の集まりだったということがわかった。
あと、例えば、前世の記憶を持ってたり、急にいるはずのないところにいるはずのない人間が現われる、ということがあるけど、そういうのの裏側を撮った感じだった。

・なんだか人物が小さいなーと思っていたら、引きで人物の全体が映り、表情が微妙にわかりにくい感じの距離で映されていた。

・映画文法、というやつか、そういうのがふんだんに盛り込まれている(シャマラン自体そういうことするけど)。絵と、人物の動きやリアクションだけで、映画を貫くルールのようなものを説明する。最初の、掃除を楽しそうにしている女性が、赤い花を忌まわしそうに埋めるまでのワンカット。

・小動物の死体が現われる時の不協和音的な、ブザーみたいな音や、異形のものが見張り台の下を通過するときの感じなど、結構怖がらそうとしていた。

・赤と黄色。はなぁ…いやまぁすごいけど。『ニンゲン合格』?

・ルシアスへの告白→センキュー!の連呼→号泣、が笑えた。でも、笑えるシーンは案外少ない。

アイヴィーが、差し出していた震える手をルシアスがつかみ、家に入るときのスロー
の美しさ。家に入ること、がとりあえず危険を防ぐことになるのだけど、だからなのか、家の中から見る、入口からの外、というカットが多かったような気がする。

・触れる(愛するものには触れられない、触れないことで)と見る(見られてしまう)。

・夜がうまいなー明かりが点々と道となっているところとか。

・ルシアス「先の結果より今すべきことを考えるから」

・ルシアス「なぜ黙っていられない、なぜぼくに喋らせようとする?」言葉に対する不信感?そういや、ルシアスは紙を見て喋っていた。不信感というより、話すこと、自分の考えや気持を言語化することが、うまくできないという感覚なのか?『告白』的な…。

・真上と真下、から映すのが多い。

・薬ケースのガラスに同僚が映るのがうめぇ…

・語ってはいけないもの(?)のあまり強くない感じ、がいい。なんというか、勝てそうな感じというか。超越的なものであれ、シャマランの世界では、普通の人間が、立ち向かえるようになっている。