ポン・ジュノ殺人の追憶』をDVDで見た。勘所をおさえた映画、という感じ。映るべきところがちゃんと映っている(容疑者であり目撃者の男が列車に轢かれるところとか)し、ワンカットの長まわしもちゃんと適度にある(二番目の被害者の死体が見つかるくだり、ソン・ガンホの部下の刑事が焼肉屋で暴れまわるのを外から横に移動しながら撮っていく感じとか)。知的障害のある容疑者による現場の畑での実況見分の時、逃げていく容疑者に平行してカメラが動き、畑側からと脇の農道側からの両方で撮っていくのを見て『グエムル』を思い出した。平行移動というところか。それだけでなくて、『グエムル』と同じように、韓国の社会情勢が密接にストーリーにかかわっている。前者は在韓米軍と関係があるし、『殺人の追憶』は軍事政権下にあることと事件や捜査が関わる。もちろんデモ隊もしょっちゅう登場する。犯人は、というか、おそらく登場する男性達はほとんど、徴兵、兵役を終えてきた人々なんだろうけど、それも、彼らの精神状態に関係があるのかもしれないと思う。それに、灯火管制の訓練というやつか、明かりを消さなければならないシステムが、映画で非常に効果的に使われていた。暗闇の中で捜査資料を読まなければいけなかったり、女子学生が襲われている時、順番に家々の明かりが消えていくのが不気味さをあおっていたり、だとか。あとは、ものすごいホラーだなという感じ。学校の怪談チックなエピソードを確かめるのはほとんど本筋とは関係ないのに、刑事がトイレを確かめるシーンに満ちている圧倒的な不穏さと恐怖がすごかった。田舎の真っ暗闇に、懐中電灯のあかりでちらちらと対象が見えたりする感じとか。それに、この、トイレから男が出てくるというエピソード自体がなんというか処理できないわけのわからないものだった。容疑者が、取調べの中で、夢の話として、この噂を話し出すのも、不気味といえば不気味で、まぁそれは「みんな知ってます」の言葉で片づけられるんだけど、にしても、じゃあソン・ガンホや女性警官などの地元の刑事は知っていたのか?といえばどうもそんな感じはしない。あの、つながっていく感じは、どうも気味が悪い。そして、犯人が殺人を犯す時の、奇妙な符号が次々と明らかになる(赤い服、雨の日、ラジオの曲)のも、なんというか、ただの殺人事件というよりむしろオカルトさを感じさせる。被害者が、自身の持ち物によって動きを封じられ殺されていたことや、桃の欠片とか、そういうの(こういうのは精神分析的なエピソードだとは思う)は、猟奇殺人的なファクターと処理できるけど、符号の方は、なんか、噂と相まって、オカルトっぽかった。それに、部下のドロップキックばっかしてる刑事が足を切断することになったエピソードはいったいなんなんだろうか、と考える。たしかに、足を思い切り殴りつけられてからのシーンはかなり最高なんだけど。
そして、ソン・ガンホの刑事の、不良っぷりもよかった。拷問、証拠捏造と、やらかしまくっていた(セリフを覚えさえたり、軍靴にカバーをつけたりなどという細かいディテールもよい。椅子を取っちゃったり、逆さづりしたり、穴掘らせたりするのは完全にヤクザだ)。でも、そこに世間的な風潮(拷問をしていた刑事が告発されていた)が関わってきて、それをやめざるを得なくなるのとかもうまい。
で、ラスト。映画上の最後の被害者は、ソン・ガンホの恋人とソウルからの刑事の懇意の女子学生の二人が、いわば「候補」であるように、カメラもすれ違い離れていく2人を交互に映していくのだけど(このカメラの動きの意地悪さったらないと思う)、選ばれてしまったのは、女子学生のほうで、そのことに、自らが貼ってあげた絆創膏がはがされるのを見ることによって、ソウルからの刑事は、一線を踏み越えようとしてしまう、というか、あまりに事件にはまりすぎて、呑込まれ、自分を失ってしまった、のがわかるのは、勿論トンネルのシーンでもあるんだけど(ここもまたうまかった…アメリカからの書類が列車に踏み潰されてしまうのとか、列車が通り過ぎた後最有力容疑者が消えてしまっているとことか…つまりトンネルだったらトンネルで、起こること・起こりそうなことを、ストーリーに絡めて行くその手腕がうまいんだと思う)、それよりもよりはっきりするのは、2003年のつまり現在の風景で、そこではソン・ガンホは、助かった(と自分もソン・ガンホも思っていないんだけど)恋人と家庭を持ち、以前とは格段に違う良い家に住み、そして刑事を辞めている(これは、恋人に薦められていたことを実行した、ということなんだけど…にしても、この、辞めることを薦められるときの、河原で2人ですわり、ソン・ガンホが木に引っ掛けた点滴をうっているシーンに感動した)ことがわかるのだけど、では、ソウルから来た刑事はどうしたのかといえば、彼はおそらく事件の方に選ばれてしまい、見入られぬけ出せなくなっているんじゃないかということが推察される。まぁそれが仮に大げさとしても、彼はおそらく現在のソン・ガンホのように刑事を辞めてはいないだろう。そして、最後の、「普通の顔」のくだりのいささか出来すぎとも思える女の子の証言と驚愕するソン・ガンホによって、事件と主に見ている人々もわけのわからなさ、途方もなさ、無力さのほうへ投げ出されてしまう。そして、あの、ものすごいためとともに、緊張感に満ちて現われるラストの側溝の闇は、容疑者が逃げていった、トンネルの暗闇にも通じている。