ロマン・ポランスキーおとなのけんか』見た。

例によって、どっちらけな文章になってしまうけれど。
クリストフ・ヴァルツケイト・ウィンスレットの鼻もちならなさ炸裂。ジョディ・フォスターの愛らしさと言ったら、ないね。
言葉を、食べ物を、吐き出す、という行為は、やはり素晴らしい。受け入れないのではなく、一旦は体内にあるものを、外に出すという、誠実な行為。
チューリップ、画集、コロン、mobiphone、葉巻、スコッチ、ドライヤー、謎のケーキ、といった物体が目まぐるしく入れ替わり立ち替わり現れては、話題を占有する。その始まりは無論「武装された」木の枝である。この映画は、こうした「もの」によって動かされる。
ロングストリート夫婦が、物語の主体となっていく過程で、カウワン夫婦は、まるで幽霊・ゴーストのように、前者の心情吐露の手助けをする存在になっていくようだった。相対化する存在、というか。
滑稽であること。アフリカの悲劇に目をやりつつも西洋のルールが素晴らしいものだと信じていること(その当のルールが、アフリカに悲劇をもたらしているのだけれど)言葉のセレクト(「武装」)や、葉巻の禁止。ものすごい(ポランスキーの)悪意を感じる。
ペネロピのお酒を飲ませなかったり、家になぜコロンがあるのか、とか、伏線ぽかったけど回収されず。
GINZAとCanCamがおもろいな。フォトコミックがドープすぎる。