井口奈己『ニシノユキヒコの恋と冒険』見た。

浴衣を着た時の極端なウエストの細さが目立つ本田翼がマンションから出た後、同じように出て行く尾野真千子の、(今まで気にしたことのなかった)存在感のある尻が目に残った後、竹野内豊演じるニシノが、そのお尻について言及していたので、勝手に腑に落ちていた。
それで言えば、成海璃子は足、木村文乃は鎖骨、麻生久美子は…額?
ニシノが、何かを申し出たり頼んだりする時、相手はそれを断るが、次のカットでは、それを受け容れてしまっている。
高低差のある2本の道を同時に映すカットが多く登場する。それを、新宿のブックファーストの前にすら見出してしまっている(地下で、階段がおりかえしているだけなのに)のはすさまじかった。変則的だけれど、2列のエレベーターもまたそうだ。
高低差、といえば、幽霊として登場するニシノとみなみは、同じ高さに配置しないようにされている。縁側と庭(ニシノが降りるとみなみは上がる)、家屋の1階と2階、寝るときのベッドと窓の淵、葬儀会場へと向かう坂道(ここもまた2本の道なのではあるが)。
例えば、ニシノが本屋で山田宏一の本を立ち読みしたり、ジャック&ベティを登場させたり(そこから出てきた二人が「次郎長」な動きをしていたのはかわらしかったけれども)、そういうのって、この監督の前作にはなかったように記憶しているのだけれど、どうだったろうか。見返さないといけないけれど、もしそうだとしたら、それと、今作の間にあったことによって、この要素が生まれたわけで…。
ニシノが最後に消えるシーンが、これがまたあからさまに「成仏」のイメージなのだ(まぁ元があるのだろうけれどな)。しかし、その前の、尾野真千子演じるマナミが、家に行くのを断り、改札に入ってすぐ振り向くと、もういない、その一瞬の消え方のほうが、「現代的」幽霊なわけで。
蜘蛛の巣、インコ、犬、がじっくりととらえられている中で、もっとも「特権的な」扱いをうけているのが猫。この映画に登場する女性たちは、それぞれ猫の持つ幾つかのイメージを請け負っている。…いってて陳腐な読み解きだとは思う。
作中の、何度かなされる男女の「いちゃつき」、結局「くすぐり」に帰結するのが、まぁ人間?の限界を感じた。そこに演出が必要とされるんじゃないのか(それがたとえ「素」から離れるものであっても)。
冒頭の、藤田陽子の登場には、思わずうれしくなってしまう。


そして、今日ついに見た、 『最高の離婚Special 2014』

でも、尾野真千子は、今度も太ももに注目されるので(こどもがしがみつき愛するものとして)、図らずもオノマチ下半身二部作になった。
かなり濃縮された2時間だった。もう1クール出来そうな感じすらした。光生の手紙がついに投かんされたのにはぐっときたし、結夏が投げたボールが「届いた」の、演出のクオリティ高すぎである。当然、「ミスユニバース」「テラスハウスに出てるような」「チューチュートレイン」、と台詞もとばしまくっている。
光生の語り、どうしようもなさ、人が寄り添い生きることと一人一人で生きること、…もう、くらいまくった。


これ聴いてます。

TAKE CARE

TAKE CARE

非常に沁みる。ドレイクの中で一番好きかもしれん。