ポン・ジュノほえる犬は噛まない』をDVDで見た。
犬を探す女の子のレインコート、ペ・ドゥナの戦闘服のようなフードつきのパーカーの黄色に対立するものとして、院生のポロシャツやチェックのシャツの赤があって(おっさんのバケツも)、赤が狂気ならば、黄色は非狂気、というより別の狂気、なわけだが(どちらもあるべき形(学校に行かないといけない、勤務中は事務所にいないといけない…)を踏み外してしまうという点で)、だからこそ院生が黄色いレインコート(しかし色が薄い)を纏う時、彼は犬を探す立場にいて一晩中チラシを貼りペ・ドゥナと共闘する。…ということはどうでもいい。赤い車が急に現れてみたり、ただ単に色の生命力みたいなものを画面に映し出したいだけだったのかも…にしても、善を担う(ともはっきり言えないが)のが赤じゃなく黄色なのがおもしろい、というのは、ペ・ドゥナの黄色い「応援団」を見てワールドカップを思い出したからだ。
延々割られるクルミ、感動的にぶっこわされるサイドミラー、あの独特な(『グエムル』の売店のような)文房具屋全体、トイレットペーパー、熱せられた鉄の棒、というのもまた「もの」だし、過剰に長いと思わされてしまう「ボイラー・キム」の怪談、地下室の描写(むくりと起き上がる人間、遠くから人が迫ってくる感じ)、ペ・ドゥナの妄想としての赤と黄色の対決の映像、など、がやはり、ポン・ジュノな、というか、映画の粒子、だった(意味不明)。
にしても、この映画のとりあえずの犯人とされたやつといい、『母なる証明』のウォン・ビンといい、そういう人が出るというのが、ポン・ジュノのいい所でハリウッドなところだと思う。
平野耕太の『ヘルシング』の最終巻までを読んだのだけど、平野耕太がなんで平野綾にこだわってんのかわからなくて、名字が一緒ということになかなか気付かなかった、というのは『ヘルシング』とまったく関係ない。『以下略』でも出てきてた。で、30年後…みたいな終わり方が、笑わせようとしてんのか!?と思ってしまうのは作者の人徳だなぁと。あと葉月京恋愛ジャンキー』の最終巻も読んだ。葉月京についてか…。
花沢健吾アイアムアヒーロー』(1巻)は、部屋の家電や本棚、食べ物、主人公の持ち物なんかの(アップの)描写、などが、井上三太先生に通ずるところがある…というか、『TOKYO TRIBE』のそういうところが好き。