ケネス・ブラナー『オリエント急行殺人事件』


列車というモチーフも、演じることの二重化も、映画というメディウムには分かち難く結びついてるので"Murder on the Orient Express"は何度も映画化されてよい(そして同じ物語を何度も繰り返すということ自体もそうだ)。


原作の記憶も曖昧だけど、おそらく白人の軍人だったキャラクターが黒人の元軍人現医者になってたり、レイシストオーストリア人が出てきたり、人種にまつわる描写が追加され改変されてる。
そして、冒頭のエルサレムでのエピソードもだけど、異なる出自の人々が同じ場所に一同に会する状況と、犯人とは「最も利益を得る者」であるというテーゼを、改めて明確にしてる。
そしてもちろんこの「異なる出自の人々」の裏側には(ラビと神父とイマームが"同じ"であるのと同じく)ある共通点がある。
印象的なのは、食堂車のガラス越しの人々の姿。ガラスによって2重3重にブレて分かれる顔は、もちろん彼らに隠された共通点を示している。


デイジー・リドリー演じるメアリの尋問をポアロが室外で行うんだけど(そのことについてメアリも言及する)、この映画での最初のメアリへの"取調べ"も外の空間、船の上で行われる。
これが何なのか考えてて、彼女が言う、家庭教師として一番最初に教えるのは地理、なぜなら自分がどこにいるかわかることが大事だから、というフレーズに関わってるのかな…と思った。オリエント急行は、外界からある種遮断された空間である、ということ。



今作のポアロは、「いつそれわかったんだよ!」と「いつ知ったんだよ!」の連発かましてきて次々嘘を暴いてくのがもはや全知全能っぽかった。