ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 他十篇』を読み終えた。
解説にこういう事が書かれている。《(…)フィクションとノンフィクションのあいだの境界を自在に往還することによってこそ、ホフマンスタールは、自分にそなわってしまっている法外な受容力、身体の輪郭をらくらくと突破してリアルな実在と相互に溶解しうる能力を発揮しえたのであり、またそれこそが、ホフマンスタールにとっては、言葉にそなわっている能力を十全に発揮させてやる方法だった。》「フィクションとノンフィクション」の区別のなさが、関係しているかどうかはわからないけど、自分の「身体」と外界の区別のなさ、は、重要な点で、しかも、それが、言語側からの要請によるものだった、というのはおもしろいと思った。言葉を十全に使う、もしくは使われる、ために、必要なものだった、ということか?
ともあれ、その区別のなさは、身体に限らず、時間や空間にたいしても当てはまって(これらはすべて同じものかもしれないが)、くりかえしそういった箇所が現れる。そしてそれは、逆の性質を持つもの同士も結びつける。
「帰国者の手紙」での、語り手の回想(p198-200)。父が持っていた「デューラーの銅版画集」に対して、「親しみを持つと同時になじめず、大好きであって大嫌い」という感情を抱かせたのは、版画の、「人間、牛、馬、どれも木で作られているようで、服のひだ、顔のしわ、どれも木彫りのようだった」、「非現実的で超現実的な」描き方のせいであり、今ではこの「黒い魔法の画集の思い出が、自分にとって貴重なものなのか、それともひどく厭わしいものなのか」わからず、「とはいえ」今も昔も「あの版画はぼくにつきまとい、版画から発する力はぼくに侵入してき」ていて、それらについての、父の発言、「これが昔のドイツだよ」に、「背筋が寒くなり、版画にあらわれるたぐいの老人を思いうかべずにはいられな」く、さらに、「地理を習い、世界のことを知っているのを見せようとして「古いオーストリアがわかる本もあるの」とたずねると」父は、「この足の下がオーストリアだよ」「わたしたちはオーストリア人だが、またドイツ人でもあるんだよ。土地というのはそこに住んでいる人間の持ち物だから、ここはドイツでもあるわけだ」と教えてくれ(しかしこれは正確には子どもの疑問に答えていないが)、語り手は「この言葉によって、画集のなかの絵と眼前に輝いている土地とのあいだに一種のつながりが」つく(感じる、ではなく)。そして、「ほとんど恐怖にも似た、ある種悪夢のようなこの絵の印象と、現実が結びつくのは、まったくふしぎだった」。普段の生活でこのようなことを考えることはなかったが、「無意識のうちに、あの超現実的な昔の人たちの影絵めいた身ぶりを、さまざまなところに住まわせて」いることに気づく。そういった場所には、「ひいおばあさんや足腰の立たない老人が坐っていたし、まだなおそこに坐っているように思えた、去年の秋たしかに埋葬して棺のうえに白や赤、藤色のアスターの花環を撒いたはずなのに」。そして「誇張されたしぐさをするあの昔の人たちの振舞いと、いまいっしょに飲み食いし、梨の木にのぼり、馬を洗い、教会に行ったりする人たちの振舞いとは、結局のところひとつになった」。
こうやって書かれている順序の通りたどっていくと、本来は別のものであるととらえられている両者が混じりあっていく、もしくは同じ感じを持って現れていく様子が、イメージをつなげながら、流れていくように次々と登場していくのがわかる。好意と嫌悪、異なる質感の物質同士、記憶の価値、土地の歴史、異なる土地同士、土地と人間、絵と現実、過去と今、死者と生者。
そして、版画がこちらに侵入してくる、という感覚は、同じ「帰国者の手紙」の、ゴッホにまつわる記述に、視覚についてもふくみながら、かたられているようだ。《(…)あの二重のものが、あの絡みあったものが、あの内と外が、たがいに相手のうちに入りまじりあうあの出来事が、僕の「見る」ことと結びついた(…)》(p221)
《それに、自分を他の人間から分けへだててしまう内面の傾向のなにひとつとして、ぼくは強めたくない。》(p222)
《これはただこの瞬間の太陽ではないのだ。過ぎ去った年月の太陽、いや、過去幾世紀もの太陽なのだ。ぼくは心からそう思った。》p239
例えば過去であったり夢であったり想像や芸術作品、といった、生きている現実とは、別のものである、と考えられている、というか、小説にこういったものが書かれるときは大抵、なんというか、主人公・語り手・現在、でもなんでもいいのだけど、「主」の属性を持つものに対して「従」の立場に置かれる(思い出されたり、見られたり、考えられたりする)ものが、この短編集のどの作品でも、形として回想であったり鑑賞として登場してきてもいつしか、それらが、それらを思い出している・見ている者や時と同質の、同じ強度のリアルさを持つように感じられてくる。例えば「道と出会い」は、地図の謎の書き込みについて考えているうちに、思索は夢の中へと移り、その夢は、熱を持った細部の描かれ方によっていつしか現実のようになっていき、ある一人の人物をに注目していき最後、《ほかならぬこの男こそアギュールなのだった。》という一行によって終わる。「ギリシャの瞬間」では、ギリシャという「古代」を持つ国を巡る中で、自然や出会う人々、過去の遺物たち、そして最後は彫像によって、過去と現在が入り混じり同時に存在しあい互いにリアルさを獲得する。
《ときには、噂だけはたっぷり聞いていても一度として会ったことのない友人の姿を一方が喚び起こすこともあった。だが、われわれをとりかこむ深い孤独、いわば時を越えた孤独、この環境の無形の崇高さ―われわれはパルナッソスの麓からカイロネイアへ、デルフォイの野からテーバイへと、オイディプスの道を下っていったのだ―、ぐっすりと眠りのとれない一夜が明けた朝のかがやかしい清澄さ、これらすべてによってふたりの想像力はひどく昂められていたので、ひとりの口から発せられるどんな言葉も、いまひとりの精神を強く引きさらってゆき、相手の心に浮かんでいるものが両手でつかめるかの思えるくらいだった。/友人がいくにんも眼前に立ちあらわれたが、それらはみずからの姿をあらわすとともに、われわれの存在のもっとも純粋な部分をも持ちきたった。(…)》p264