ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』読む。
《「(…)日に日にウェンデルはウェンデルでなくなり、もっと包括的なものになっているんです。彼がスタッフの打ち合わせに加わると、その部屋が急に人でいっぱいになっちまうんですよ。一人なのに、人の集まりなんです。」》(p199)
《「そのヴァイオリンのE弦が数ヘルツだけ高い。こいつはプロのミュージシャンじゃあないよ。だれか、あの一本の弦について、恐竜の骨一本から恐竜ぜんたいを復元するようなことができると思うかい? あのレコードに入っている音だけでさ。このヴァイオリンを弾いている男の耳はどんなか、手や腕の筋肉組織はどうなっているか、そうして最後にはこの男の全体像を推定する。わあ、これ、すばらしいことじゃないか」(…)「おれのこと、クレイジーだと思うだろ。けど、同じことを逆にはやれるんだ。何かを聴いて、それをもう一度分解するわけ。スペクトル分析さ、頭の中で。分析できるんだよ。和音も音色も、それに言葉も。分解して、あらゆる基本的な周波数と調波にし、それから、あらゆる違った音量、そうしたものを、一つ一つの純粋な楽音を、ただし、ぜんぶいっぺんに聴いちゃうんだ」(…)「(…)同じ言葉を言う人間はだれでも、スペクトルが同じならば、同じ人間になっているんだ、時間的に違うところで起こっているだけなんだってこと、わかる? しかし時間は恣意的なものさ。出発点はどこでも好きなところを選べばいい。そうすれば、めいめいの時間線を横軸にそってごちゃまぜにして行けば、やがては、二億人くらいのコーラスで『豪華な、チョコレートのようなすばらしさ』って、いっしょに言っちゃう。そうして、その声はみんな同じ声だってことになる」(…)「聞こえて来るものがほんとうによくわかるんだ。あの若い連中が『あの娘はきみを愛してる』って歌うと、イヤー、そう、ほんと、あの娘は愛していて、あの娘ってのは何人でもいい、世界中いたるところ、時間もいつでもいい、肌の色や、体の大きさや、年齢、格好、死ぬまでの時間、そういうものが違っても、あの娘は愛するんだ。そうして『きみ』ってのはあらゆるひとなんだ。そうして、この娘じしんでもある。エディパ、人間の声ってのはね、とてつもない奇跡なんだ」》(p200-203)
ってのが、LSDのせいってのがなんともいえんが、…すばらしい。