ジェームズ・マンゴールド『ナイト&デイ』DVDで見た。

空港での、ゆるやかに動くオープニングで、満を持して姿を我々にさらすトム兄を見てしまった瞬間の感覚、それがつまり、この映画が、トム・クルーズが体現している何物か、なんだろうけど、それは、「アメリカ映画」なのか「現代アメリカ」なのか「ハリウッド」なのか、そのどれでもである。
だからって、この作品が、所謂紋切り型に堕しているか、といわれれば、無論その紋切り型の快感原則に則って作られているのは間違いないにせよ、決してそれだけではなく、何か、わけのわからない仕組みが蠢いているように感じられる。それは例えば、スペインでのバイクによる逃走のシーンの違和感、はっきり言ってしまえば、あからさまなCG感、であったり、キャメロン・ディアス=ジューンの繰り返される昏睡と目覚めとその度の移動(それはトム・クルーズ=ロイに反転される)や、ロイによる、「マシュー・ナイト」の実家監視(なぜか数度、緊急事態が告げられているようなのだが、大きな出来事は起こっていないようだ)およびジューンによる訪問、など。言葉づかい、何度も同じ単語を繰り返し言うこと、の奇妙さも在った。
とはいえ、これらがなんなのかは、今のところさっぱりわからない。いや、わかるような気がする。
移動、や、人間的な成長や変化、――それは「時間」を必要とするだろう――、をすっとばして、各要点だけをつなぐ。過程で起こる面倒事は、中身のない言葉による説得や、薬物によって処理する。
しかし、これだけやっても、120分かかってしまうところに、現代のしちめんどくささが存在する、様な気がする。
ついに『ザ・ダークナイト・ライズス』の予告編でた。これじゃあ凡百の偽もんとあまり大差ないな。