園子温ヒミズ』を見た。

この世界観に触れるのは久しぶりで、あらためて、住田の考えに圧倒された、というか納得するしかなかった。この逃れられない袋小路。ラストで重要な改変が成されている。それをどうこう言うつもりはないけれど、原作に関していえば、あのラストしかなかった。恥をかくことを拒否する、自分をさらけ出すこと否定するのであれば、住田はあの場所にしか行きつけない(〜しかない、〜しかできない、と思ってしまうのが、すでにだめなのかもしれないが。しかし、しょうがない。そのことは、すでに決定されているのだから)。
名付けられること、名前を呼ばれること、子供として親に育てられること、の徹底的に不快な抑圧。
窪塚くんのテル彦、哲さんの夜野、が、原作を吸収しつつ、さらにその先に行っているのが感じられてよかった。というか、この映画自体が、そのような作りをしていて、誠実だと思う。大震災を取り上げたのも、けっして間違っていない。
二階堂さんも、染谷くんも、確かにすばらしい。二階堂さんは、うなずき方がやばい「うん、うん」の連呼のリアリティ。染谷くんは、動けて、声の出し方もぞくぞくきたし、怒鳴り吠える姿も、そこらの若手俳優(若手に限らず…)が出来ない力があった。ムラジュン、深水さん、新井さん、の、チンピラ・ボンクラ野郎の演技が最高。でんでんは、あれはもう『冷たい熱帯魚』だよね。自分の厳格な理屈・論理を持つ厄介なおっさん役、という意味において。
ワンカットの盛り上がり(もっとも緊張感があったのは父親殺しか)、照明のぼやけ、緑・青・赤の光が園監督節。
ところで。この漫画は、というか、これ以降の古谷実作品は、徹底して、「物語」の構造を無視して進めた挙句、(それ以上はどこにも行けない、というデッド)エンドにたどり着く。
新宮一成夢分析』読み終えた。夢を語ることで、現実を反転させる、夢を先行させ、夢に内包させてしまう。んで、チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』読んでいる。
なっきぃのソロ、いいんじゃないでしょうか。てか、トークでばんばん否定しすぎだよね。