J・J・エイブラムススター・トレック イントゥ・ダークネス』見た。3D。

写真は、「見んなっつてんだろ、あ?」とキャプテンにガンたれてるアリス・イヴさん。
あのー、無茶だろそれ、っていうことがやたら起こる映画だった。
ボーンズが、医者だし、兵器の専門家でもなくて、たった1回、他人がやっているのを手伝っただけなんだけど、大量の魚雷をばらさなきゃいけなくなってしまった、という状況があって。結果的にそれはうまくいって、というか、ストーリー的にうまくいかないといけないからそれはいいんだけれど、その最中の描写がほとんどなくて。
いくつかやり方はあると思うんだけど、例えば単純に、フルスピード全力で作業しているシーン(+「こんなにあるのかよー」的に愚痴る)を入れるとか。しかも時間ぎりぎりだから、スポックがカーンに対して時間稼ぎするくだりがあってもいいだろうし。
あとは、手伝う人がいるとか…。しかし、スコッティやチェコフ、キャロルといった技術系の登場人物は皆手伝える状況にない。こうなってくると、脚本直さなければいけなくなる。
といえば、遺伝子操作で超人になっているカーンとスポックがタイマンはるってのも、どうなんだ? しかもそこそこいい勝負するというのが…。しかもあの、ヴァルカン・アタックって、前作でも使ってたっけ。記憶にない。
思えばカークの死に涙したり、全速力で走ったり、格闘アクションしまくるスポック、というのも、かなりキャラクターから逸脱している。こういうことさせちゃいけないんじゃないの、スポックに。こういうことをやるのはカークじゃないのか。
ってなってくると、そもそも、一番最初に、カークが規則に背いてスポックを助ける、というくだりをどうにかしなきゃいけなくなる。
ここでまず、助けられるのが、カーク、にすると、序盤でいきなり核心に迫るような(友のために規則を破れるか)葛藤をスポックがしなければならないのでそれはなし。となると、この2人ではない、第3の人物が、ここで救出される、としてはどうだろう。例えば、ウフーラ?
そうすると、規則を守るべきと主張するスポックと、仲間を助けるべきと主張するカークの対立だけが存在する。
…つまりどうしたいのか、といえば、敵船に乗り込むのがスポックで、ゆえに被爆するのがスポックで、カーンと最後の戦いを繰り広げるのがカーク、にしたい。
…いやでも、ここまで考えてきてふと思ったのだけれど、この映画の中で、二人は、お互いの行動やその成果は、補完しあい、時には交換可能(どちらも相手を理解しているがゆえに)ですらある(「お前が俺ならこうしたはずだ」)、ということを表明し、実行しているな、そもそも。カークが嘘の報告をするとわかっていたからこそ、スポックは「真実」を上司に語るわけだし。
だから要するに、どっちがなにやってもいいってことか(なんじゃその結論は)。
長々書いたけれど、ワンカットの中の(空撮絡んだ)ズームイン・ズームアウトとか最高かっこよかったし(撮影ダニエル・ミンデルって『エネミー・オブ・アメリカ』『ドミノ』とか…やべぇ)、パイク提督の死には涙しましたし(やっぱクリス・パインのあの顔で泣きべそかかれちゃうとぐうの音もでません)、ベネディクト・カンバーバッチ先生の濡れる前髪と低音ボイスそして異常に良い姿勢の座り方に殺されましたし、「ちょっ、キャプテンなんで科学士官入れるんすか…(ぼくがいるのに)しかもなんで間に座んだよこのアマ…」とジェラシーなスポックって感じでよかったし、あれだけ前作で抑制されてた銃撃戦ド派手にかましてたのもまぁかわいいもんだし、お決まりのビースティ(「Body Movin'」!しかもファットボーイ・スリムのリミックスの方!!レコード!!!)流れたし、アクションからうって変わっての難病の娘とその両親のシーンの撮り方の繊細さにはぐっときたし(透明な点滴に混入し赤く染めていくカーンの血液と、水の入ったグラスに入れる「指輪爆弾」、テロの様子を引きで眺めるカーン…)、まぁ、よかったっちゅうことです。